2002年の日記です。


2002年12月31日(火)

 静かな年末である。今年も甘党娘たちだけで、甘党母の実家へ行っているので、とても静かである。この静かなあいだに、甘党母と一緒に温泉にでも行こうと思っていたのだが、私が風邪をひいてしまい実現できなかった。ことさら、静かな年末になった。
 クリスマスに『ロッキー』のケーキを食べなかったので、大晦日に食べようと買ってきた。オーソドックスなショートケーキやミルフィーユ、タルトなどを食べたが、やはりうまい!特にショートケーキのカステラとクリームの組み合わせは、絶品であった。来年も『ロッキー』のケーキを食べるぞ。
ミルフィーユです シンプルでおいしいショートケーキ

2002年12月26日(木)

 国連NGOのDCI日本支部の方々が、川崎市長に会い、記者会見をした。わくわくプラザと学童保育の問題に関してである。記者会見のあと、DCIのメンバーと懇談をすることができた。わくわくプラザへの学童保育の統合について、実に明確に問題点を指摘してくれた。私たち学童保育関係者にとって、まことにありがたいことである。夜この記者会見のようすがテレビで放送された。どんな影響があるか楽しみである。

2002年12月25日(水)

 蒲田に買い物に行き、そのついでにラーメンを食べた。『インディアン』のラーメンである。この店は、ラーメンとカレーのセットが有名なので、私もそれを注文した。はじめに塩味のラーメンが出てきた。食べはじめはやや薄い味かなと感じだが、食べ進むうちにうまさを感じるラーメンであった。これはおいしい。しばらくするとカレーが出てきた。私には少々辛かったが、カレーもコクがありとてもおいしい。ラーメンとカレーとを交互に食べても実においしい。とても不思議な感覚であった。

2002年12月24日(火)

 クリスマス・イブである。曇りがちで寒い。毎年、クリスマス・ケーキは、甘党家御用達の『ロッキー洋菓子店』のケーキなのだが、今年は甘党娘のリクエストもあり、別の店で買うことにした。ジェロール・ミュロの店である。先日予約をして、今日甘党娘1号が取りに行ってくれた。ケーキはチョコレートがかかったものであった。食べてみると実にさっぱりとした甘さで、チョコの味が濃い、おいしいものであった。さすがミュロである。ロッキーのケーキもおいしいが、ミュロもまた良い。

ミュロのケーキとベネチアン・グラス


2002年12月23日(月)

 バイクにグリップヒーターを取り付けた。これで、通勤も多少楽になるぞ。

2002年12月14日(土)

 久しぶりに晴天の週末である。バイク用品店に行った帰りに、『白河中華そば』というラーメン屋に寄った。ガイドブックにも載っている有名店である。幸い少し待っただけで店に入ることができた。中華そばを食べたが、手打ちの麺は、プリプリしておいしかった。スープは、もっとコクがあるといいと思ったが、あっさりしたものであった。なかなかおいしかった。

2002年12月9日(月)

 朝起きて(正確には、起こされて)外を見ると、雪が降っている!いやぁ、驚いた。そんなこと昨日は全然言ってなかったのに。急いで支度をして、仕事に出かけたが、電車が遅れていてかなり時間がかかってしまった。それにしても、この時期雪が降るとは珍しい。今年は暖冬ではないのだろうか?
 夕方には小雨になり、雪もかなり消えていった。今日はTOTOのコンサートである。仕事帰りに、有楽町の東京国際フォーラムへ行った。私の席は2階の前から3列目、ステージもよく見えて比較的よい席である。周りには、けっこう若い人もおり、ほぼ満員状態であった。演奏は素晴らしいものであった。私の大好きな「アフリカ」はとてもよかった。また、ギターのスティーブ・ルカサーがとてもかっこよかった。あんな風にギターが弾けたら素晴らしいなぁと思った。残念だったのは、音響が悪かったことだ。私の座っている位置が良くないのか、中低音の締まりがなく、ボワボワと聞こえた。特にベースの音がふくらんでしまって、リズム感が良くなかった。別のアーティストのコンサートでは感じなかったのだが・・・。

2002年12月8日(日)

 バイクを買い換えることにした。先日近所のレッドバロンに行き、契約したのだ。CB400SFVTECに飽きたわけではないのだが、いろいろと考えて、スクーターにすることにした。そして、今日納車になった。ヤマハのマジェスティーである。
 どんよりとした曇り空の中、レッドバロンに行った。そしてCB400SFVTECを下取りにだし、新しいマジェスティーについての説明を聞いた。CB400SFVTECと別れるのはつらいものがある。しかし、新しい出会いは、それはまたうれしいものである。複雑な気持ちを胸に、マジェスティーにまたがった。するすると静かに加速するマジェスティー。不思議な感覚である。さあ今度はこの2代目と、いろいろなところに行くぞ。
 午後は私の所属するギター・スクールの『練習発表会』。内輪の小規模なものである。私の演奏順は、なぜか最後。緊張してしまった。演奏は相変わらず、緊張のため、ボロボロ、何とかならんかなぁ、こりゃ。発表会は約1時間で終了し、その後懇親会を行った。ふだん顔を合わせるだけの人たちといろいろとおしゃべりをし、なかなか楽しかった。ギターが好きという共通点があるので、話しやすいのであろう。いい機会になった。

2002年12月7日(土)

 クラブCAPAの『ミニ撮影会&忘年会』に参加した。今年クラブCAPAの撮影会に参加した人を対象としたイベントである。いろいろと忙しい時期ではあるが、記念すべき第1回ということで、参加してみた。場所は銀座のレストランである。
 参加者は約30名。そしてカメラマンの馬場信幸氏とモデルの香月彩さんである。午前中は撮影会。レストランのここぞという場所にモデルさんをセットし、馬場氏の指導のもと行われた。ストロボを使わなければならないので、構図など難しいものであったが、なかなか楽しかった。モデルの香月彩さんは、以前よりもぐっとスリムになり、とてもセクシーで素晴らしかった。
 午後は忘年会。参加者が自己紹介をし、いろいろとお話をした。私のそばには、デジタル一眼レフを使い始めた人や、学研の広告部員の人などが座り、いろいろとおもしろい話を聞かせてくれた。途中、馬場氏のスライド写真の披露があったり、写真コンテスト・福引きがあり、とても盛り上がるものになった。来年の撮影会での再会を約して散会となった。私は、初めての人との交流はとても苦手なのだが、今回は気楽に楽しめた。来年もクラブCAPAの撮影会に参加するぞ。

2002年12月1日(日) 

 はやいもので、もう12月である。やらなければいけないことがいっぱいあるが、ちょっと息抜きをした。昨日買ってきたレコード・プレーヤーのセッティングをしたのである。今まで使っていたビクターのプレーヤーが壊れてしまったからだ。セッティングはすぐ終わり音を出してみた。久しぶりのレコードの音である。プチップチッというノイズが懐かしい。お気に入りのレコードをCD-Rに焼いてみた。レベルのセッティングとかなかなか難しい。それでも、CD化すると気楽に聴けてよい。少しずつCD化を進めていこう。

2002年11月26日(火)

 休日出勤の代休で休みである。天気もまあまあなので、ツーリングに出かけた。詳細は『ツーリング徒然草』に記載する。

2002年11月18日(月)

 朝歯を磨いていると、何かが取れた感触が…。歯に詰めてあった金属がはずれてしまった。いゃぁ、驚いた。水でうがいをすると、歯にしみた。帰宅後歯医者に行って、はめてもらった。

2002年11月17日(日)

 中原ブロックの学童ほいくまつりに参加した。今日ももちつき隊である。昨日の午前中も幸ブロックに行ったので、2日続けてである。さすがにハードである。
 今日も曇り空で風が冷たく、寒い日であった。それでもこどもたちは元気であり、父母たちも明るくがんばっていた。学童ほいくまつりは、学童ならではの素晴らしい行事である。今日のもちつきも地元の父母たちがたくさん協力してくれ、すべて完売することができた。ありがたいことである。

2002年11月16日(土)

 甘党の父の快気祝いを行った。甘党の弟との共同企画である。場所等のセッティングはすべて弟に任せた。今回の会場は、高尾山の麓にある『うかい竹亭』、立派な懐石料亭である。自宅から2時間はかかるところだが、着いてみるとなかなかいい雰囲気のところである。
 予約の時刻に到着すると、ほぼ同時に弟一家と父母が到着した。着くと離れに通された。こんな立派なところは初めてである。「晩秋のお献立」に沿って、いいタイミングで料理が運ばれてきた。どれもみなとてもおいしいものであるが、特に、「聖護院蕪と佐島の鯛 鍋仕立て」「岩魚 塩名田揚げ」「特選牛 朴葉焼き」がおいしかった。いいダシで煮てある蕪など、本当においしいものであった。それでいてリーズナブル。1年に1回は訪れたいと思うところであった。父も元気そうであったし、姪や甥もかわいかった。実によかった。
聖護院蕪と佐島の鯛 鍋仕立て 岩魚 塩名田揚げ

2002年11月15日(金)

 新しく開通したADSLの12Mbpsだが、昨晩突然接続できなくなってしまった。原因はさっぱりわからない。仕方がないので、今日プロバイダーのサポートデスクに電話をした。するとあっけなく原因がわかった。私の設定ミスである。教えてもらいながら設定をし、再起動すると、あっさり接続することができた。いやぁ、サポートって本当に大事ですねぇ。

2002年11月13日(水)

 学童保育の問題での『市民局長交渉』に参加した。会場には、多くの父母や指導員・OB・関係者などが集まっていた。前回の続きで代表者が質問したが、市当局は肝心のことについては、明確に答えない。実にいい加減である。自分たちの実行する施策に自信があるのならば、あんな回答になるはずはない。やはり、自分たちの考えが正当でないということを自覚しているのであろう。そうなるとかわいそうなのは、こどもたちである。いい加減な大人たちの施策の犠牲になってしまう。『学童保育を存続せよ』という主張の正当性が証明されるような交渉であった。

2002年11月12日(火)

 我が家は1.5Mbps のADSLを利用しているが、12Mbpsの速度変更することになり、今日がその工事日である。自宅に帰ってから、先日送られてきた新しいルーターに交換し、接続を設定した。あっけないくらいに簡単に終わり、インターネットに再度接続することができた。さっそく『スピードテスト』のホームページに接続して、速度を調べてみた。すると4.13Mbpsというスピードが表示された。速い、実に速い。今までの3倍以上である。大満足である。
 ところが、しばらくしてから、LANで接続している甘党母のマシンから印刷できないという問題が出てきた。ルーターが替わるとLANの設定が変わってしまうようである。LANの接続をやり直したり、ノートンのファイアーウォールをいじったりして、何とか復旧することができた。しかし、パソコンって、本当に難しいですねぇ。

2002年11月10日(日)

 多摩・麻生ブロックの学童ほいくまつりに参加した。もちつき要員である。餅をついたり、パック詰めをしたりと、なかなか忙しかった。地元の父母たちがたくさん手伝ってくれたので、無事餅をつくことができ、完売することができた。楽しかったが、いゃー、疲れた。

2002年11月9日(土)

 アゼリアで行われた『まちづくりフェスタ』に参加した。学童保育の宣伝をするためである。午後、ステージで父母や指導員・こどもたちがパフォーマンスを披露してくれた。こどもたちのうたやけん玉などはとても素晴らしいものであった。署名のコーナーでは、風船でマスコットなどを作ってくれるお兄さんが応援してくれ、こどもたちが集まってきて、署名をしてくれる人も多くいた。実にありがたいものである。

2002年11月4日(月)

 文化の日の振り替え休日で休みである。朝方は冷え込んだようだが、日中はいい天気になり暖かかった。甘党母と甘党娘たちは買い物に出かけ、おみやげにタルトを買ってきてくれた。「LA POSTE」という店のものである。マロンクリームのものやブルーベリーのものなど、どれもさっぱりとしておいしかった。

おいしそうなタルトたち


2002年11月3日(日)

 第11回キャノン大撮影会in東京に参加した。キャノンの撮影会は久しぶりである。会場は「こどもの国」。自宅から比較的近いので、楽に行くことができた。
 本日は快晴。実にいい日和である。今回も入門コースに参加した。講師は合地清晃カメラマンであった。モデルは、午前は今村亜矢子さんと坂井ゆきこさん、午後は小島華織さんと田村瑠璃子さんであった。みな魅力的なモデルさんである。講師の合地氏がセッティングし、いろいろとアドバイスをしてくれる。セットしたカメラのファインダーをのぞかせてくれたり、デジタル一眼レフカメラで撮った写真をその場で再生してくれたり、いろいろといい勉強になった。今回はフォトコンテストに応募したいと思うのだが、はてさてうまく撮れているだろうか。

参加賞のワッペン


2002年11月2日(土)

 久しぶりに映画を見に行った。テアトル新宿で公開されている『ごめん』である。新聞や雑誌の映画評を見て興味がわいたのである。映画評では好意的に書かれていたのだが、客の入りは芳しくない。興業とはなかなか難しいものだ。映画は子役たちの熱演もあり、ユーモアとほのぼの感のある佳作であった。スリルとスピードの大作もいいのだが、こういう小品(良品)は捨てがたい魅力を持っている。映画って本当に良いものですねぇ。

2002年11月1日(金)

 野村誠一カメラマンの撮った生ポラロイド写真が当選し、送られてきた。野村氏のHP「N/S EYES」の会員になり、応募したのだ。入会して2ヶ月で、なんと3回も当選してしまった。ひじょうにラッキーかつうれしいことだ。モデルさんの直筆サイン付きのポラロイド写真、甘党の宝物が増えた。

2002年10月29日(火)

 川崎市のタウン・ミーティングに参加した。市長と直接対話をするという集会である。会場は、開始時刻になるとほぼ満杯、動員でもされているかのようであった。私も「財政危機」と「学童保育」の問題で質問カードを出していたのだが、見事はずれてしまった。きつい質問をしようと思ったのに。

2002年10月28日(月)

 テレビのドラマはほとんど見ないのだが、ここのところ2本も立て続けに見てしまった。10/26(土)のNHK『抱きしめたい』と10/28(月)のNTV『遺言・桶川ストーカー殺人の深層』である。特に『遺言』は実話を元に作られたドキュメンタリー・タッチのもので、ぐいぐいと引き込まれてしまった。骨のある、リアリティのあるドラマはいいもんだ。

2002年10月20日(日)

 全国研の2日目である。今日の会場は立命館大学衣笠学舎。ここもまた、青春の地である。キャンパスはかなり整備され、きれいになっていた。隔世の感がある。昼休みに抜け出して、平和ミュージアムを見学した。太平洋戦争以降の資料が展示されていた。ちょうど世界報道写真展が開催されていて、それも見学した。ニューヨークでの同時多発テロやアフガン戦争など、悲惨で生々しい写真が大きく展示されていた。写真の持つメッセージが胸に突き刺さってきた。
 久しぶりの京都であったが、学習ばかりで、観光する暇もなかった。それでも、タクシーの車窓から街を眺めたりした。きれいに整備されているところもあったが、そういう風景には、何となくよそよそしいものを感じてしまった。心の中の風景との違和感とでも言うのだろうか。

2002年10月19日(土)

 第37回全国学童保育研究集会に参加した。今年の開催地は京都である。新幹線で京都へ向かい、昼頃には会場の府立体育館に着いた。開会まで時間が少しあったので、付近を少し散策した。ちょっと歩くと、京福電鉄の線路など懐かしい風景が現れた。ここ京都は、私の青春の地なのである。
 研究集会の記念講演は、木津川計氏。さすが上方芸能の編集長だけあって、話は実におもしろい。漫才のようである。こどもに伝える文化とは何かという話であったが、笑いながら聴いていた。「優しさ」「希望」「ヒューマニズム」人々が望むものとは何かを考えさせられた。
 夜は、大学時代の先輩O氏と会い、祇園・先斗町に出かけた。キエフ酒房というロシア酒場で、カクテルを飲み、ピロシキやボルシチを食べた。私は酒はだめなのだが、カシスオレンジというカクテルはおいしく飲め、酔うことはなかった。懐かしい話や四方山話をした。青春時代の友は、実にいいもんだ。

2002年10月13日(日)

 いい天気になったので、穂高町の道祖神めぐりをした。穂高駅前のレンタサイクル点で、自転車を借りた。たまたま入った店であるが、そこはヤマハのPASの専門店で、初めて電動アシスト自転車に乗ることになった。電動自転車は、乗ってみるととても快適で、坂道もスイスイ上れるものであった。ギヤ付きのものよりも楽である。とても気に入った。今度自転車を買うときは、これだなと思った。
 道祖神マップを頼りにいろいろと走り回り、写真を撮った。彩色の道祖神や双体道祖神など、安曇野の素晴らしい道祖神に巡り会うことができた。
 昼食は新そばのもりそばを食べた。期待したほどではなかったな。残念。

2002年10月12日(土)

 甥っ子の送別会である。ささやかながら、心のこもった送別会が行われた。甥っ子3人衆もそろう、久しぶりのフルメンバーであった。集合写真も撮った。「新しいメンバーが増えるのはいつかなぁ」と、誰かがつぶやいていた。

2002年10月11日(金)

 甥っ子が札幌に転勤することになり、甘党母の実家で送別会をすることになった。3連休で大渋滞が予想されるため、金曜の夜に移動することにした。慣れた道ではあるが、夜の道路は怖い。幸い渋滞に遭遇することもなく、無事たどり着くことができた。

2002年10月1日(火)

 こんな時期に台風がやってきた。戦後最大級の台風といわれている。夕方頃から雨が強くなり、時折突風が吹いた。夜には上陸し、頭の上を通過したようである。しかし、何でこんな時期に上陸するの?

2002年9月28日(土)

 甘党娘1号・2号と一緒に、買い物に出かけた。欲しいものがあるようで、珍しくついてきたのだ。私はユニクロでチノパンツやラガーシャツを買ったのだが、甘党娘2号が欲しいものは、それ以上の値段がするものであった。恐るべし、エンジェル・ブルー。仕方がないので買ってあげた。
 帰りに「高野」で、ピオーネと柿のケーキを買った。秋らしい味のおいしいケーキであった。

ピオーネと柿のケーキ


2002年9月22日(日)

 クラシック・ギタリストの福田進一のコンサート『スペイン名曲の旅』に行った。場所は千駄ヶ谷にある津田ホールというところである。初めての会場であるが、駅のすぐ前なので、わかりやすかった。小さいホールであるが、満席状態であった。客層も広い。さすが福田進一である。アルハンブラ宮殿の思い出など、スペインの曲を約2時間演奏した。途中、19世紀のギターという小さなギターに持ち替えての演奏もあった。マイクを使用しなかったが、後方の私にもしっかり音が聞こえた。つややかな音、素晴らしいテクニックを満喫した。私もあの1/10位弾けたらいいなぁと思った。
 帰りに横浜により、Tカメラに行った。カメラの調子が悪いのである。そしてメーカーに見てもらうことになった。きちんと直って帰っておいでよ。

2002年9月14日(土)

 CWというところの撮影会に再度参加した。今回のお目当ても伊藤由貴子さんである。今日は朝からどんよりした天気で、今にも雨が降りそうである。また肌寒く、長袖のポロシャツを着るほどである。
 撮影会の参加者は前回よりも少なく、各部とも2〜3人であった。必然的に撮影する時間がたくさんとれ、フィルムをかなり消費した。ほとんど、個人撮影のようであった。客が少ないと主催者はたいへんであろうが、参加する私にとっては、のんびりじっくり撮れて、とてもよかった。
 夜帰宅すると、甘党母が『ミュロ』のケーキを買っていてくれた。夕食後に食べたが、チョコレートの味が濃いがしつこくなく、とてもおいしかった。とても満足した。

ミュロのチョコレート・ムース・ケーキ


2002年9月8日(日)

 甘党娘1号の体育祭が雨のため延期になってしまった。中学校最後のものなので、娘も力を入れていたので、実に残念である。平日実施だと、見に行けないんだよね、困った。

2002年9月6日(金)

 岡村孝子のコンサートに甘党母と行って来た。なんと6年ぶりである。思い出せば、6年前のコンサートは、彼女が結婚する前のコンサートであった。このときもコンサートのチケットを入手していたのだが、風邪による高熱で行くことができなかった。それ以来なので、とても楽しみにしていた。
 コンサートは、まさにベスト曲集というものであった。ちょっと高音の伸びがないのが気になったが、みな素晴らしいものであった。アンコールでは、「あみん」の相棒である加藤晴子さんが登場し、「待つわ」をデュエットしてくれた。まさか生で聴けるとは思っていなかったので、感激した。また、アンコールには2回も応えてくれた。久しぶりなので、大サービスなのであろう。一緒に行った甘党母も満足したようだ。次は、来年になるのであろうか。

2002年8月29日(木)

 メモリー・カード・リーダーが壊れてしまった。いつものようにコンパクト・フラッシュを差し込んでも認識しない。何度やってもだめなので、買い換えることにした。いつものヨドバシカメラでいろいろ探して、メルコのものにした。今度はメモリー・スティックも読めるのだ。便利になったものだ。

2002年8月26日(月)

 三味線の体験講座に参加した。前から一度やりたいと思っていたのである。三味線にまともにふれるのは初めてなので、期待して参加した。
 講座は、楽譜を渡され、まずは音を出してみようという感じで進められた。課題曲の「さくらさくら」をやってみた。楽譜を見ながら音を探してみると、何とか弾くことができた。ギターの要領である。時々お師匠さんが回って、アドバイスをくれた。「夕焼けこやけ」や「通りゃんせ」もやった。この辺はそんなに難しくなく、楽しんで弾くことができた。あっという間に時間が過ぎてしまった。ぜひまたやりたい。50歳になったら、三味線を習いたいと思った。
 帰りに、以前テレビで紹介していた「ジェラール・ミュロ」に寄って、フランボワーズのケーキを買った。家でみんなで食べたが、ケーキの中のババロアがとても軽くなめらかで、おいしかった。満足した。

ジェラール・ミュロのおいしいケーキ


2002年8月24日(土)

 旅行先の東北地方も涼しかったが、今日はここ関東でも涼しい。このまま涼しくなってくれるとうれしいのだが。

2002年8月19日(月)

 甘党家の夏のメイン・イベント『東北旅行』である。台風が接近しているので天気が心配であるが、まあ行くしかない。詳しくは、『趣味のページ』で報告したい。

2002年8月17日(土)

 多摩川花火大会に行った。甘党の実家近くの河川敷で行われる花火大会で、毎年見に行っているのである。台風の接近で強風が予想されたが、心配することはない天気になった。夕方になるとかなり涼しくなり、さわやかな風も吹いていた。弟一家も来ており、一族郎党を率いての見物になった。
 午後7時から花火が打ち上がった。対岸の世田谷も花火大会で、両方の花火を見物することができた。今年は、昨年よりも鮮やかな花火が多い感じで、とてもきれいであった。打ち上げ場所の近くに陣取ったので、音も迫力があった。十分満足できた。


2002年8月13日(火)

 堀金村にある『ほりでーゆー四季の郷』という温泉施設に行った。改装して広くなったということだ。お盆の時期なので混んでいるかと思ったら、そうでもなかった。主に露天風呂で、のんびり浸かった。湯は適温で無味無臭、ややサラッとしてるかなという手触りであった。広い湯船で手足を伸ばした。極楽である。帰り道の途中で、ソフトクリームを食べた。とても牛乳っぽい味で、フワッとしたソフトであった。なかなかない食感で、おいしかった。

2002年8月12日(月)

 石仏がたくさんあるという修那羅峠の『修那羅山安宮神社』に行ってきた。長野道の麻績ICを下りると、要所要所に道標があり、迷わずに行くことができた。ありがたいものである。駐車場に車を止めてしばらく歩くと、安宮神社に着いた。お参りをした後中に入ると、そこは石仏の世界であった。いろいろな石仏がたくさん並んでいた。小さなものが多いが、どれもが味わい深い顔をしていた。いくつかの石仏をピックアップして写真を撮った。作品になるように考えて撮ったつもりだが、仕上がりはどうであろうか。また、訪ねてみようと思った。

2002年8月10日(土)

 甘党母の実家へ帰省した。甘党娘たちは、一足先に行っているのである。高速道路が渋滞しているというので、夕方頃ゆっくりと出かけた。すると、ICまでの町中の道路が、事故などでかなり混んでいる。予想外の事態であった。中央道の調布ICまで2時間もかかってしまった。大誤算である。中央道にのってからは実に快適で、スイスイ、ブンブンと走ることができた。途中諏訪湖SAで休憩したが、都会では感じられない涼しい風が吹いていて、とても気持ちよかった。こうでなきゃと思った。

2002年8月4日(日)

 「スターウォーズ エピソード2」を見に行った。午前中の回は吹き替え版なので、夕方からの字幕版を見た。映画館は7割方埋まっていたが、ゆったりと座って見ることができた。特撮というかCGというか、映像は迫力満点でおもしろかった。特にジェダイたちがライトサーバーをふるって、チャンバラをするシーンはスピード感があってよかった。続編の「エピソード3」が楽しみである。


2002年8月2日(金)

 午後3時頃から空が暗くなり、激しい雷雨になった。7時頃には雨がやんだが、夕立のおかげで外はかなり涼しくなった。天然の冷房である。

2002年7月28日(日)

 CWというところの撮影会に参加した。5月の撮影会と同様に、伊藤由貴子さんがお目当てである。夏真っ盛りということで、たいへん暑い1日であったが、曇りがちなので写真を撮るにはよい光の具合であった。屋外での撮影会には3〜4人の参加者しかおらず、2人のモデルを時には同時に、時には交代で撮影した。カメラマンが少ないので、じっくり撮影できてよかった。モデルさんに、簡単な注文をつけることもできた。暑いので休み休みの撮影であったが、予定以上のフィルム消費であった。現像代が…。スタジオでの撮影では参加者が増えた。モデルの真ん前で動かない人や、私がカメラを構えている前に立つ人など、困ったカメラマンもいたが、人数が少ないので、自分なりに撮ることができた。暑さで疲れたが、満足した。

2002年7月27日(土)

 全国障害者問題研究会の全国大会に参加した。横浜での開催ということで、参加しやすかった。今日は大会初日で、全体会が行われた。全体会の講演の講師は、映画監督の山田洋次さんであった。寅さん(渥美清さん)のエピソードでは、おもしろい話がいっぱいあった。広い会場であったが、ほぼ満員の参加者であった。

2002年7月26日(金)

 人間ドックを受診した。いつもこの時期に受けているのである。前回の結果では、コレステロールがやや高かったが、今回は正常値に戻っていた。よかった。しかし、肝臓にやや脂肪が付いていると、これは前回同様の指摘を受けてしまった。できるだけ甘いものを控えてくださいと言われてしまった。うーん、困ったものだ。夜に甘いものを食べるのは、控えようかな。

2002年7月21日(日)

 職場の同僚の結婚披露パーティーに出席した。仲間たちの気さくな会なので、和やかなパーティーになった。新郎・新婦とも洋装で、新婦はとてもきれいであった。私は、同僚とコンビでウクレレ漫談をしたり、ハンドベル隊の伴奏で「ラブ・ミー・テンダー」をウクレレで演奏したりした。ウクレレ漫談はうけてくれたので、ホッとした。他のみんなのメッセージも、二人の人柄を反映して心のこもったものであり、実にいい雰囲気であった。二人の前途に幸あれ。

2002年7月20日(土)

 甘党娘1号・2号のピアノの発表会である。甘党の両親(甘党娘の祖父母)も見に来てくれた。今回は出演者が少なく、午後の部は2時間もかからないものであった。
 この発表会は、新しく購入したデジタル・ビデオのデビューであった。後で自宅に帰ってからプレイ・バックしてみたが、なかなかきれいな映像であった。
 ピアノの出来は、練習不足の所もあったが、上々であった。後で、講師の先生には、練習の時よりずっとよかったと言われたようだ。二人とも緊張したようだが、よく頑張った。
 夜は、甘党の父の誕生会を兼ねて、川崎のレストランで夕食を食べた。ガイドブックでみた店で、小さなフランス料理店である。比較的安価であったが、料理はたいへんおいしいものであった。アボガドのサラダやフォアグラなど、以前食べた時にはあまりいい印象でなかったものが、とてもおいしく調理されてでてきた。やはり、素材と料理の腕なのであろう。デザートまで、とてもおいしく、ボリュームもしっかりとしたものであった。大正解の選択であった。

2002年7月16日(火)

 台風7号がやってきた。関東のすぐそばを通過したときは、ものすごい雨であった。すさまじいパワーである。しかし、7月に2度も台風がやってくるとは、おかしい。

2002年7月14日(日)

 予約していたデジタル・ビデオカメラが入荷したと連絡が来た。思っていたよりも早く手に入れられることになった。さっそく店に出向き、予備のバッテリーも購入した。自宅で試し撮りをしてみた。ハイエイト・ビデオカメラよりもずっと小型だが、とてもきれいな映像であった。さすがにデジタルである。

2002年7月13日(土)

 先日購入したIEEE1394ボードをマイ・マシンに装着した。マニュアル通りに進めるとあっさりできた。ビデオ編集ソフトもインストールした。これで、デジタル・ビデオを接続すると、パソコンで編集できるようになる。楽しみである。

2002年7月12日(金)

 職場の同僚に誘われて、木更津の温泉施設『スパ三日月龍宮城』に行った。仕事が終わってからアクアラインを通り、1時間もかからずにそこに着いた。驚くほど近いものだ。はじめにプールゾーンでいろいろなお湯を楽しみ、ウォータースライダーまでやってしまった。けっこうおもしろかった。そして温泉にゆっくりとつかった。浴場は広く清潔であり、人も少なく快適であった。湯は茶褐色で塩辛く、ややぬるっとした感触であった。風呂上がりに食事をして帰ったが、なかなかおもしろいものであった。交通費を含めて、少々高価だが、たまにはいいなと思った。

2002年7月11日(木)

 思うことがあり、デジタル・ビデオカメラを買うことにした。カタログや雑誌での評価などを検討し、ソニーのPC101Kにした。いつものヨドバシカメラに行くと、残念ながら品切れであった。予約をした方が確実に手に入るとのことなので、予約した。納品が楽しみである。同時に、IEEE1394ボードも購入した。

2002年7月7日(日)

 七夕である。梅雨時にもかかわらず、いい天気になった。今日は武蔵新城駅前で、学童保育の存続を訴える署名・宣伝活動をした。宣伝を始めると、自分から寄ってきて署名してくれる人もいれば、まったく表情を変えずに無視していく人まで、実にさまざまである。約2時間行ったが、暑かったなぁ。

2002年6月30日(日)

 ワールドカップの決勝戦が行われた。ブラジル対ドイツである。試合は緊迫したものであったが、ブラジルがドイツを突き放す結果になった。やはりスターをそろえたブラジルは強かった。さすがである。でも、かっこよかったなぁ、ドイツのGKカーン選手は。

2002年6月29日(土)

 地下街のアゼリアで行われた『公害・環境、健康まちづくりフェスタ』に参加した。学童保育の仲間たちが『学童保育をなくさないで』という寸劇を披露し、署名・宣伝活動を行った。寸劇の方は、場数を踏むだけじょうずになり、なかなか堂々としたものであった。宣伝にも多くの父母や関係者が参加してくれ、にぎやかなものになった。

2002年6月18日(火)

 ワールドカップの日本対トルコ戦を見た。日本チームもがんばっていたが、残念ながら力が及ばなかった。それでもよくここまで来たもんだ。選手たちに拍手!

2002年6月16日(日)

 今日は父の日である。あまり期待していなかったのだが、甘党娘1号はケーキを買ってきてくれるし、甘党娘2号はフルーツゼリーを作ってくれるし、大感激である。文句のない1日であった。

2002年6月15日(土)

 学童保育の存続を訴える、街頭宣伝・署名活動に参加した。参加者は20人くらい、こどもも数名参加してくれた。私を含めて数名がマイクを握って署名について訴え、ビラを配って協力をお願いした。立ち止まって署名してくれる人もいれば、表情を変えずに通り過ぎる人もいる。人の温かさと冷たさを同時に感じることのできる体験である。しかし、他人のことにここまで無関心になれるものであろうか?

2002年6月14日(金)

 ワールドカップの日本対チュニジア戦が行われた。平日の昼間ということで、リアルタイムでの観戦はできず、家に帰ってからビデオ観戦した。試合は、見事な攻撃で勝利し、決勝トーナメントへ駒を進めることになった。すごいぞ、日本代表チーム!

2002年6月11日(火)

 たまたま仕事が休みになり、写真展に足を運んだ。神田駿河台にある「ギャラリーf分の1」で開かれている『愛しき石仏達U』というものである。写真誌を見ていて目にとまったのである。ギャラリーはこぢんまりとしたもので、展示されている写真も多いものではなかったが、素朴な石仏達が美しく撮られていた。特に石仏の背面から撮られていた写真は、私には考えつかないようなアングルで、またその石仏が考え込んでいるように写されていて、素晴らしいなぁと感じた。撮影した楳村修治氏と少し話しをすることもでき、もっと石仏の写真を撮りたいと思った。

2002年6月9日(日)

 朝から見事な晴天で、暑い。とても梅雨が近いとは思えない。変わりやすい天候であったり、とても暑かったり・・・。やはり地球はおかしくなってきているのだろうか?
 夜はワールドカップの「日本対ロシア戦」を見た。まさか勝つとは思わなかったが、見事な勝利であった。選手たちの素晴らしいプレーに拍手!

2002年6月8日(土)

 甘党娘1号が、京都・奈良への修学旅行に行った。新横浜駅で集合とのことで、車で送っていった。神社・仏閣への興味は全くないようだが、友だちとわいわい楽しんできて欲しいと思う。
 午後、バイクのリアタイヤを交換しに、ショップへ行った。かなりすり減ってきたので、梅雨の前に交換しようと思ったのだ。土曜日ということで混んでいたが、30分ほどで作業が済んだ。新しいタイヤになり、走りが変わったように感じた。

2002年6月2日(日)

 ワールド・カップが始まった。始まるまではあまり関心がなかったが、実際テレビでゲームを見ると、さすがに一流のプレーはすごい。素人の私が見ても感心するのだから、好きな人にはたまらないだろう。日本代表も応援するが、世界のスーパースターたちのプレーを楽しみたい。

2002年5月26日(日)

 「学童保育を守る大集会」に参加した。野外音楽堂での集会だが、見事な晴天に恵まれた。父母や指導員・こどもたちが200〜300人ほど集まった。『学童保育をなくさせない』という思いが、強く感じられる集会であった。

2002年5月21日(火)

 甘党娘2号の運動会である。雨で延期になって平日実施になってしまった。小学校最後の運動会でもあり、娘2号の希望もあって、仕事を休んで運動会に参加した。
 例年より遅く学校に着いたが、さすがに座る場所がないということはなく、大きな木の下にシートを広げることができた。やはり、平日は父親の姿が少ない。それでも、学童保育の仲間たちの姿が見られた。
 暑い1日だったが、娘の元気に動く姿を見ることができた。よかった、よかった。

2002年5月18日(土)

 甘党娘2号の小学校最後の運動会であるが、朝から無情の雨である。ここのところぐずついた天気が続いていたのでとても心配していたのだが、お日様は顔を見せなかった。甘党娘2号は不機嫌だし、私はがっかりしているし・・・。太陽のバカヤロー!

2002年5月5日(日)

 今日は朝からとても暑い。初夏なみの陽気である。CWというところが主催する撮影会に参加した。お目当ては伊藤由貴子さん。ミス湘南で会って以来のお気に入りモデルさんである。公園での撮影は参加者7名で、その半数が別のモデルさんを撮影していたので、2〜3人で由貴子さんを撮影することができた。ちょっとしたポーズをつけることもでき、満足できる撮影であった。スタジオでの撮影は、人数が倍くらいに増えたが、それでもじっくり撮影することができた。とても楽しい撮影会であった。

2002年5月3日(金)

 甘党の弟のところへ遊びに行った。甥っ子の小学校入学祝いである。甥っ子は、入学祝いの「ゲームソフト」をわくわくしながら待っていたようだ。手渡すと、さっそくプレイしていた。姪っ子は、前回会ったときには大泣きされたが、今回は近寄ってくれたり、愛嬌を振りまいてくれたりした。ヒゲにもやっと慣れたようだ。今が一番かわいい盛りですね。

2002年5月2日(木)

 職場で使っているノートパソコンの調子が悪くなり、買い換えを考えていたが、やっと新しいマシンを手に入れることができた。買い換えを実行に移すのがワンテンポ遅れ、気づいたときには、候補機種は軒並み品切れ状態であった。わたしとしては、東芝のダイナブックPAT4495CMEが欲しかったのだが、これはどこを探しても入手できなかった。やむを得ず、第2希望の「富士通 FMV-BIBLO NB9/95L」にした。これにしても、いろいろと探してやっと通販で手に入れることができたのだ。タイミングって大事ですね。

2002年4月29日(月)

 ゴールデン・ウィーク前半の最終日である。朝からいい天気になった。今日はOSというところの撮影会に参加した。お目当ては柳明日香さんである。公園とスタジオで、たくさんの写真を撮った。実にかわいかった。カップリングの山西陽子さんもなかなかかわいい女性であった。洋服の時には気づかなかったが、水着になると胸が豊かで、ついつい目が引きつけられてしまった。写真の仕上がりが楽しみである。

2002年4月28日(日)

 川崎市学童保育連絡協議会の総会に参加した。学童保育存亡の危機ということで、多くの父母が積極的に発言した。やはり、みんな心配しているんだと、あらためて感じた。こんな父母やこどもたちのためにも、学童保育をなんとしてでも残さなければいけないと、強く思った。

2002年4月27日(土)

 ゴールデン・ウィークのスタートである。今年も甘党家には遠出の予定はない。なんといっても、人混みが嫌いなのである。今日は、屋根裏物置の整理をした。引っ越しをして以来詰めるだけ詰めてしまったので、なかなかすごい状態になっていたのだ。下ろせるものは下におろして整理をした。古いパソコン・ソフトやゲーム・ソフト(PC-98のもの)がたくさんでてきた。今更使えないので、バンバン捨てた。きちんと整理すると、荷物の専有面積が半分くらいになった。やはり、たまには整理しないといけないな。
 夜には、甘党娘1号・2号の誕生日を祝って、ロッキーのケーキでお祝いをした。先日夕食会は済ませたので、ケーキを食べるだけであった。今回のロッキーのケーキは、チョコがコーティングされたものであった。柔らかくしっとりとしたスポンジとさっぱりとした生クリームがとてもおいしかった。満足した。

2002年4月20日(土)

 CLUB CAPAのモデル撮影会に参加した。カメラマンの馬場信幸氏が講師の小規模撮影会である。横浜の桜木町で行われた。モデルは二人で、馬場カメラマンがセッティングをし、アドバイスをしながら撮影会が進行した。馬場氏はとても精力的に動き、かつ話をしてくれ、とても楽しく参加できた。モデルさんも魅力的だし、他のカメラマン諸氏も紳士的だし、申し分のないものであった。
 新しく購入したEOS-1Vの初出動であったが、ファインダーはとても見やすく、またシャッター音が素晴らしく心地よい。実に快適な撮影会であった。機会があったら、また参加したいと思った。CLUB CAPAのみなさん、馬場カメラマン、モデルさんありがとうございました。
 夜、通販で申し込んでいた太田裕美のライブCD「Your Sweet Songs Live 2000-2001」が届いた。さっそく聴いたが、先日のコンサートを彷彿とさせ、実に良いものであった。今度は、もっと大きな音で聴きたいなぁ。

2002年4月13日(土)

 甘党娘たちがとてもお世話になった学童保育のO指導員が転勤になり、そのお別れ会があった。会場に着くと、見知った顔の父母やこどもたちがかなり集まっていた。「そろそろ始まるのかなぁ」と待っていると、急に声をかけられ、「司会をやってくれ」と言われてしまった。ちょっとした手違いがあったようだ。「プログラムは?」と聞くと、「そんなものはない」とのこと。「まったく、しようがないなぁ」と思いつつ、仕方がないので引き受けた。長老のH氏(そんなお年ではありませんが、風貌が・・・)に乾杯の音頭を頼み、会はスタートした。会場に集まったこどもたちや父母から、O指導員へメッセージを言ってもらった。中学生のこどもたちは照れくさくて嫌がるかなと思っていたが、みんな素直に話してくれた。みつばちクラブのこどもたちは、実に素直でいい子ばかりだ。感激してしまった。最後にO指導員へプレゼントを渡し、話をしてもらった。準備不足のところもあったが、みんなの気持ちが伝わった会になったと思う。O指導員、お元気で、またよろしく。

2002年4月12日(金)

 仕事の内容が少し変わり、体への負担が大きくなってしまった。慣れないせいもあり、右腕が痛くなった。甘党母の薦めで、自宅近くのマッサージに行った。30分のコースで、腕と肩を揉んでもらった。実に気持ちよかった。右肩がかなりこっていると指摘された。やっぱり負担がきていたんだろう。

2002年4月6日(土)

 甘党娘2号をモデルにして、近くの公園でカメラテストをした。露出の具合を見るのである。リバーサル・フィルムを使用して、段階露出をして写真を撮った。EOS-1Vはさすがに重いが、シャッター音など実に気持ちのいいカメラだ。所有する喜びだけでなく、使用する喜びも感じた。

2002年4月2日(火)

 雑誌に載っていたカメラ店に電話で問い合わせをしてみると、安くて在庫のある店があった。Fカメラは安いのだが、自宅から遠い。もう一つの「田中カメラ」はFカメラよりちょっと高いのだが、家から近い。結局「田中カメラ」に行くことにした。店員に聞くと在庫はあるとのこと。いろいろ話を聞いてみると、キャノンはデジタル一眼レフカメラに生産ラインを使っているので、EOS-1Vは生産が極端に減っているということであった。うーむ、知らなかった。ということで、ついにEOS-1Vをゲットした。とてもうれしかった。さあ、がんばって写真を撮るぞ。

2002年4月1日(月)

 このチャンスを逃したらカメラは買えないと思い、インターネットでいろいろと調べて、Nカメラにメールで注文した。その返信が来たが、ここでもなんと品切れ、入荷未定とのこと。いやぁー、参ったなあ。どうしよう。

2002年3月30日(土)

 今日も暖かくいい天気である。今日はやっと念願のカメラを買いに行く日である。実にうれしい。いろいろと調べて、自宅から近くてもっとも安い「三宝カメラ」に行った。店員にEOS-1Vがほしいと告げると、なんと品切れだという。さらに、入荷未定と。ガーン、ショック!仕方がないので、ズームレンズだけ購入した。うれしさも、半分。

2002年3月25日(月)

 ここのところ暖かい日が続き、近辺の桜は満開である。半月ほど前倒しの陽気だ。私は桜よりも梅の方が好きなのだが、さすがに満開の桜はきれいだ。でも咲いてしまえば、後は散るだけ。気象異常を恨みつつ、桜を眺めた。

2002年3月24日(日)

 OSというところが主催する撮影会に参加した。今回のお目当ては柳明日香さん。ここのところメジャーでの活動が見あたらなくて寂しい感じがしたが、まさか撮影会で生で会えるなんて!ということで、今回は奮発して、野外とスタジオと2部続けて参加した。
 野外はスタジオ近くの公園であった。参加者は20名弱、ちょうどよいところであろう。初めて見た明日香さんもとてもスリムでかわいかった。あまり動かず、これといってポーズもつけないのがやや不満であったが、気持ちよく撮影できた。スタジオの方は人数が倍くらいになり、狭いのであまり撮影はできなかった。それでも生で明日香さんを見ることができ、サインまでもらったので、十分満足した。

2002年3月16日(土)

 職場の同僚たちと箱根に行って来た。泊まった宿はまだ新しくきれいで、快適であった。小さいながらも露天風呂があり、適温でのんびりと浸かることができた。
 夜の宴会では凝った趣向のゲームなどがあり、楽しいものとなった。料理もおいしく、満足した。

2002年3月10日(日)

 職場から1週間の休暇をもらい、九州は大分を旅してきた。のんびりとした一人旅。思いっきり、リフレッシュした。旅については、『趣味のページ』で報告したい。

2002年3月9日(土)

 1ヶ月ぶりの日記になってしまった。太田裕美のコンサート「マイ・スイート・ソングス」に行って来た。場所は有楽町の東京国際フォーラム・ホールと、メジャーなところである。わたしの席は右側の前から5列目、良い席である。
 オープニングは、ウクレレの弾き語りの「ムーン・リバー」、意表をつくものだった。第1部は「ピッツァハウス22時」やジミ・ヘンドリックスの曲など「これぞ!」という曲が多く、第2部は「赤いハイヒール」「しあわせ未満」などシングル・ヒット曲が中心であった。生の歌声を堪能できた時間であった。至福。

2002年2月9日(土)

 甘党母の誕生日を祝って、レストランで食事をした。場所は、川崎日航ホテルの『レストランペペローネ』である。北欧料理フェアということで、北欧の料理のバイキングである。料理は、スモークサーモン、ニシンのマリネ、フリカデラ(デンマーク風ハンバーグ)、カロプス(スウェーデン風ビーフシチュー)など珍しいものが多かった。特にものすごくおいしいというほどではないが、珍しい料理をいろいろと食べることができ、なかなかおもしろかった。

2002年2月6日(水)

 甘党母の誕生日である。お祝いパーティーは後日するが、プレゼントだけ渡すことにした。私からは、リクエストに応えて陶器のマグカップである。甘党娘からは、マフラーとくまのプーさんの枕が送られた。娘たちもいろいろと考えたようで、心のこもったプレゼントだった。
 さあ、次は私の番だ。

2002年2月1日(金)

 わたしの愛読紙『OUTRIDER』が、本日付けを持って休刊になった。先月号でその事実が告知され、それが現実になってしまったのだ。まじめなツーリング誌がなくなってしまうのはとても残念だが、これが現実なのであろう。バイクが売れていないという。ツーリングをする人も減っているのだろうか。私だって滅多に遠出はしない。でも『OUTRIDER』を見ては、「こんなところへ行きたいなぁ」と夢をはせることができた。それが来月からできないなんて・・・。これからはバックナンバーを見て、そのうちの一つのツーリングでも実現したいと思う。『OUTRIDER』、長い間ありがとう。

2002年1月28日(月)

 仕事の帰りに、横浜高島屋の地下で、『トイスチャー(teuscher)』のチョコレートを買った。同僚によると、あのゴディバよりもおいしいというスイスのチョコレートである。一粒300円のシャンパントリュフがとびきりおいしいということだが、何せ高すぎる。今回は1枚600円の板チョコを3種買ってみた。
 家に帰り、さっそくみんなで試食した。私としては『板チョコ・ダーク』が程良い苦みでおいしかったが、甘党母と甘党娘たちは『板チョコ・トリュフ』を推していた。どちらにしても高級なものだが、とてもおいしかった。次は、シャンパントリュフに挑戦するぞ。

2002年1月26日(土)

 甘党母の※回目の誕生日が近づいてきた。リクエストに応えて、誕生日プレゼントを購入に、横浜へ行って来た。時間が早かったので、そんなに混雑しておらず、気に入ったものを探すことができた。まずは、一安心である。帰りに、川崎の『イノクマ』でケーキを買った。ブルーベリーとイチゴのムースを買ったが、両方ともさっぱりとした甘さでなかなかおいしかった。今度はスポンジのケーキを買ってみよう。

ブルーベリーとイチゴのムース


2002年1月21日(月)

 我が青春のアイドル太田裕美の誕生日が昨日であった。忙しさにかまけていて、すっかり忘れていた。さっそくオフィシャル・ホームページの掲示板にメッセージを書き込んだ。今年こそ、オリジナル・アルバムを聴いてみたいものだ。

2002年1月20日(日)

 『学童保育を守って親子大集会』が行われ、参加してきた。詳しくは『学童保育のページ』に書く予定だが、元気な父母・こどもたち・指導員のみなさんに励まされた一日だった。明日から、またがんばろう。

2002年1月19日(土)

 叔父(父の兄)が亡くなり、葬儀に参列してきた。こどもの頃は毎年のように父の実家に行き、川遊びや海水浴をした。その際、叔父や叔母たちにはとてもお世話になった。その叔父が闘病の末、逝ってしまった。叔父の冥福を祈りながら、命の尊さとはかなさに思いをはせた。合掌。

2002年1月13日(日)

 『川崎学童保育・文化のつどい』で、人形劇団ひとみ座の公演『マウイ・チキチキ』を見た。ひとみ座の人形劇を見るのは初めてである。人形遣いと人形が同じ舞台に立つような劇で、演奏も生演奏だった。『マウイ・チキチキ』は、人類の創世がテーマのような劇で、こどもにはちょっと難しいかなとも思うが、みんな楽しそうに見ていた。人形の動きは、さすがにプロ、スムーズであり、おかしくもあった。生の演劇もたまにはよい。

2002年1月7日(月)

 甘党家御用達の『ロッキー洋菓子店』の「釜だしかりかりシュー」を食べた。シューの中のカスタード・クリームに、なんか独特の香りがあっておいしかった。しかし、ここのところ甘いものばかり食べているなぁ。

釜だしかりかりシュー


2002年1月6日(日)

 先日ネットで購入した『続・翔んだカップル(全7巻)』を読み終えた。読後、爽快感とか満足感とかがわいたわけではなく、「ああ、終わってしまった」というような喪失感というか脱力感というか、そんな不思議な感覚が残った。この漫画と同時代を生きてきた私は、主人公たちに自分の姿を投影してしまうのだ。そして、主人公たちとともに迷い、悩み、ふらふらしながらも生きていく・・・。まるで大河小説のような漫画だった。こんな読後感は、言葉で言い表すのは難しい。わたしの青春の記念碑的漫画である。

2002年1月4日(金)

 甘党娘たちが、甘党母の実家から帰ってきた。義兄たちに送ってきてもらったのだ。本来ならば、いつものように私たちが車で行くのだが、今年は雪が多いようなので、「雪道未経験者」の私としては、危険を冒さないことにしたのだ。そこで、まことに申し訳ないのだが、送ってもらったのだ。
 娘たちが戻ってきて、にぎやかさも戻ってきた。甘党母と二人の静かさもいいが、ふだんはにぎやかな方がいいよね。

2002年1月2日(水)

 甘党母が買い物に行ったついでに、コージーコーナーでロールケーキを買ってきてくれた。モンブランのケーキで、底部分がシュークリームの生地のようで、甘さ控えめでおいしかった。正月は食っちゃ寝の生活だが、まぁいっか。

モンブラン・ロール


2002年1月1日(火)

 2002年の幕開けである。甘党娘もいないので、とても静かな新年である。雑煮を食べて、新年を味わった。昨年はまた戦争の年になってしまった。日本の国内状況もどんどん悪化するし・・・。今年こそ平和へ大きく一歩踏み出す年になってほしいと、心から祈るばかりである。

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